2006年07月13日

1 3冊の本

 一編集者の戯れ言にお付き合いください。ここでは、私が興味を持ったモノや事柄について記してみたいと思う。まず初回は私が今の仕事を選ぶきっかけとなった3冊の本の話。

活字離れ?

 子供時代に戻りたいかと問われて、「はい」という人は案外少ないのではないだろうか。些細な事で舞い上がったり悩んだり、楽しい事もいっぱいあったが、傷つくこともたくさんあった。自分はあの頃より強くなったのだろうか、たんに鈍くなってしまっただけなのか。でも、そんな時代に出会えたからこそ幸運だったのが、リンドグレーンの作品群。彼女の紡ぐ物語には、自分がそこの住人のような気分になるほどに引き込まれていく。日々巻き起こる愉快な出来事。物語が残り少なくなった時、まだ読みたい、でも読んだらこの世界と別れなければならない、そんな気持ちで愛おしむようにページをめくった。かけがえのない想い出。
 幼少期にこんな作品に出会えたら、本から離れるなんてことはできなくなるはずだ。いつかは自分もそんな思いで読んでもらえる本を作りたいと思う。
1ー1.jpg


筒井康隆になりたかった

 小学校の卒業文集を久々に開いたら、将来の夢は「総理大臣になること」だった。どうしてそんな事を考えたのかまったく意味不明だが、とにかく偉い人になりたかったんだと思う。根拠のない自信に溢れていたその頃、筒井康隆の『おれに関する噂』を読んで、完全に打ちのめされた。その発想力、圧倒的な面白さ、世の中には本物の天才がいるもんだ。以後、中学3年間は、彼の本を読むことに費やした。「笑い」というものの持つ重要性、世の中のウラを読むこと、彼の作品から多くを学んだ。
 筒井康隆のような作家になりたいと思うこともあったが、文章を使っての笑いということでは、あらかたの手法は彼にやりつくされたように感じる。筒井康隆は笑いのみでなく文学の可能性を模索し、実験的な作品を手掛けていく。例えば『残像に口紅を』では、世界から一つずつ言葉が消えていくという恐ろしい手法で小説を書ききった。説明すると「あ」という言葉が消えれば、以降「あ」を使った単語、「悪」とか「愛」といった言葉が小説から消えていく。50音の1字ずつが順に使えなくなっていく中で、文章を成り立たせていくという超人的な野心作。この小説にとりかかっている時筒井氏は胃に穴をあけたという。出来上がった作品は単に実験的なだけでなく言葉の持つ力、それが失われていく儚さが伝わる傑作になっている。筒井の後に筒井無し、彼のような存在はもう現れないだろうが、若手の作家の中では乙一に近い感性を感じる。
 筒井康隆の最大の功績は、日本人の笑いの概念を変えたことだろう。日本の笑いのレベルを引き上げたのは間違いなくビートたけしだろうが、その土壌を築いたのは筒井康隆ではないかと思っている。
1-2.jpg



人に貴賤はあるか


 人間に貴賤があるかはわからないが、生まれ育った環境にはあると思う。それは東京に生まれるか、埼玉に生まれるかということだ。埼玉の中学で育ち、東京の高校に入ってショックを受けたのが男がファッション誌を読んでいるという事実だった。埼玉では未成年男子が服を買う場合、親同伴と決まっていた。その時点で自分は文化的なハンディを負っていることに気付いた。
 そして大学の時評判になったのが、ホイチョイプロの『見栄講座』。当時のミーハーな若者文化を、煽るフリをしながらおちょくるという、全く類のないスタイルの本だった。なんてセンスの良い手法なんだろう、と感嘆すると同時に彼らと自分の埋められない差というものを感じた。彼らは各ジャンルの流行に精通し、最先端の知識を持っている。そしてそれを笑い飛ばす抜群の感性も持っている。ホイチョイはお坊ちゃん学校で知られる成蹊小からのメンバーで成り立つ。この感覚は育った環境が培ったものに違いない。その後、彼らは映画「私をスキーに連れてって」で自分たちの感覚を社会現象になる規模にまで認知させた。
 私がなぜ、編集者という職業を選んだかというと、自分自身のセンスを世の中に問いたい、という気持ちがあったからだ。彼らと自分との距離は縮まっているのだろうか? そう考える私にとってこの『見栄講座』はいまだ目標とする作品なのである。
1-3.jpg
posted by at 20:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記