2009年03月06日

日本負けろと思ってしまう自分

 ついに始まりました。世界最大のスポーツの祭典、ワールド・ベースボール・クラシック! こんな世紀のイベントが日本で見られるってんだから、もう行くしかないでしょう。ということで行って来ました中国戦。

 私はスポーツで日本人や日本チームが活躍するのが嫌だった。けしてスポーツが嫌いなわけではない。むしろスポーツこそすべてと言ってもいいくらいだ。だから大層な日本人選手の持ち上げられ方がどうしても受け入れられないのだ。例えばオリンピック。せっかく世界レベルの技が見られるチャンスだというのに、日本人が得意な競技、活躍する競技ばかりが偏重される。柔道なんて、日本がメダルをとって当たり前の競技だと思うのだ。さすがに競泳の北島は凄い選手だと思うが、そのために北島のリプレイが何度も繰り返されたり、同じインタビューが10回くらい流されたり、北島の地元の応援風景が流されたりスタジオのタレントがコメントしたりすることで、マイケル・フェルプスの中継が減らされてしまうことがたまらない。
 石川遼は素晴らしい潜在能力を持っていると思うが、彼が出場することで、きっと今年のマスターズの報道はひどいことになるだろう。
 スポーツイベントの頂点と言えば、サッカーのワールドカップだが、日本が本選に出るようになってから、あまり見なくなってしまった。日本人プレーヤーが嫌いなのではない。それに乗じた盛り上がりが不快なのだ。こうなってくると次第に日本の負けをさえ願うようになる。
 しかし、それをストレートに言ってしまうと、非国民と非難されそうで隠している自分も情けない。友人の家に集ってワールドカップを見ている時、日本が失点しようものなら皆、「今のは絶対ファールだろ!」などと憤る。私も「その前に、オフサイドもあったよな」などと言いながら、心の中では「ヨシ!」と思っているわけである。

 ところがである。そんな自分が3年前のWBCの日本の優勝には感動してしまった。「感動」なんて陳腐な表現を使うほどに素直に嬉しかったし、選手達を誇りに思った。野球なんてごく限られた一部の地域のマイナースポーツかもしれない。さらにWBCに本気で臨んでいる国はあまりなかったのかもしれない。それでも、私には彼らが本当に優れたアスリートに感じられた。出場チームの中でパワーこそ足りなかったが、守備力、コントロールやスピードでは日本が勝っていたと思う。そして何よりも私がスポーツに大切だと思うプレーの美しさがあった。
 
 よくお金がある所に才能が流れるという。Jリーガーで1億貰っているのはわずか数人に過ぎない。プロ野球選手であれば、ほとんど知られていない選手でも5年くらいレギュラーを勤めていると、いつのまにか1億円プレーヤーになっていたりする。今、若者にとって最も人気のあるスポーツはサッカーだと思うが、日本のスポーツ界を見ると、いまだに才能のあるアスリートは野球に流れているような気がする。
 サッカーの日本代表と野球の日本代表を比べたら……こう言えばわかって貰えるのではないか。イチローのような存在の司令塔がいたら、ダルビッシュのようなフォワードがいたら、サッカーファンならきっと考えるのはでないかと思うのだ。

 さて肝心の中国戦。たしかに日本チームの攻撃にはあまり良いところがなかった。始まる前はすぐに20点くらい取ってしまって、5回コールドじゃつまらないな、と心配していたくらいなのに。投手はまずまずの出来。ダルビッシュの評価は高いようだったが、彼の本当の力はこんなものではないと思う。誰一人ボールにかすらせずに全員三振、くらいのピッチングを見せて欲しかった。
 それでも球場に足を運んで良かったなと思ったことがある。日本チームの守備練習は、スピード感があって見ていてすごく楽しかった。そして何より、彼らのプレーがとても美しかったのだ。
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将棋界の一番長い日

生まれ変わったら何になりたいか?
これには何時でも即答できる。将棋指し。

バックグラウンドも道具も人格も関係ない。
あるのは強いか弱いかだけ、という潔さがいい。
そして将棋を打っている時の充実感。
人間は脳の6%しか使っていないと言われるが、
将棋を打っているときの自分は30%くらいは
使っているような気がする。

ただし将棋のプロになるのはとても大変だ。
プロの養成施設の「奨励会」というものに入って、その中で6級から順にクリアして3段までたどり着かなければならない。3段になると30人程でリーグ戦を行い、その中の上位2人が晴れてプロになれる。リーグ戦は年2回なので、プロに昇格できるのは年にわずか4人。プロになるのが最も難しいのが将棋、と言われるゆえんである。

さらにプロになってから頂点の名人まで、この道も険しい。
最初はC2から始まってC1、B2、B1と経てトップリーグのA級での1年のリーグ戦を制し、はれて現名人と闘う権利を得る。
各リーグへ昇級できるのは年に2人ほど、例えばC2には40人ほどいて上のC1に上がれるのはたったの3人である。難関をくぐり抜けたプロの中でもごく一部の天才だけがたどり着けるのがA級リーグなのである。
さて、表題の「将棋界の一番長い日」とはこのA級のリーグ戦の最終日を言う。この日に名人に挑戦するトップが決まる、と同時に2人が下のリーグに陥落する。A級には10人いるので全部で5局、名人への執念とA級の生き残りをかけて凄まじい勝負が繰り広げられる。

この熱き一日を感じるために、私は小雪が舞うなか千駄ヶ谷の将棋会館に向かった。実際の対局を見られるわけではないが、会場では大きな将棋盤を使って、プロ棋士が試合経過を解説してくれる。そして独特の緊張感も味わえる。
今年の一番のトピックは谷川幸司初のA級陥落なるか。
谷川は羽生善治の前に一時代を築き、羽生とも幾度も名勝負を繰り広げたスター棋士で、詰めにもって行く鮮やかな手腕は「光速の寄せ」と知られ、その魅せる将棋には、ファンが非常に多い。
谷川は10代でA級に上り詰めて以来26年間
これまで一度も陥落のピンチに陥ったことはなかった。
谷川陥落、これは10年前の米長陥落以来の衝撃である。
その米長邦雄の陥落の瞬間を私はテレビの生中継で見ていた。

米長は名人位も獲った実力者で、当時最も人気のある棋士でもあった。その米長は常々A級リーグから陥落したら引退すると宣言していた。しかし平成10年のA級リーグの最終局を迎え米長は陥落の危機にあった。その時、米長は50代半ばといえ、まだまだトップクラスの力を持っていた。
実力、人気を兼ね備えた棋士の早すぎる引退!?
この年の「将棋界の一番長い日」は大変な注目を集めていた。
米長が生き残る条件は二つ、まず対戦相手の加藤九段に勝つこと。さらに別の対局で井上八段が島八段に負けること。
米長vs加藤は一進一退の白熱の闘いが続いていた。一方、井上vs島も攻防が深夜まで続いたがついに井上が勝利した。
この瞬間、米長の陥落が決まった。
米長、加藤戦はいまだ決着が着かず。
井上戦の結果を知るよしもない、必死の米長がせつなかった。
そして、ついに米長が激戦を制した。
勝負が終わると同時に大勢の報道陣が襖を開けて入り込んでくる。この時、米長は悟った。これだけの取材陣が集まったということがどういうことなのか。勝った米長はテレビカメラの前に終始無言だった。

それからほぼ10年後の今年、3月3日。
首都圏でも夜には大雪になると伝えられていたのに、
大盤解説の会場には入りきれないくらいの人で溢れていた。
その多くは谷川の残留を願っているようだった。
全部で5つの対戦をリアルタイムで次々に解説していくのだが、
谷川の棋譜が並んだ時は、会場の空気が一変する。
勝負の中盤、相手の鈴木八段の攻めに対し執拗なまでに防御を固める谷川。相手の剣を鼻先でかわし切り込んでいくという、谷川らしい美しさが微塵も感じられない。プライドを捨ててまで勝ちにいく必死さが伝わってくる。そして鈴木八段の攻めをすべてつぶした後は、いつもの谷川の姿だった。正解にたどりつくたった一本の道に相手を追い込む、まさに「光速の寄せ」だった。
谷川の勝利が伝えられた時、会場には一瞬どよめきが起こり、
すぐにそれは拍手に変わった。

大盤解説なんていうと、一般の人は入り込めない特殊な世界のように感じるかもしれないが、駒を並べられてルールが分かる、というくらいの人でも絶対に楽しめるはずだ。解説も丁寧で話しも面白く、勝負の緊張感も味わえる。私だって、特別将棋が強いわけでもなく将棋マニアというわけでもない。

自分がそれほど馴染みのない世界でも、一流のプロに触れると
なんとなく世界観が広がったように感じる。たとえばクラシックをそれほど知らなくても、海外の著名なオーケストラを見てみたり、名人と呼ばれる落語家を生で体験したり。雰囲気だけでも、その素晴らしさを感じ取れるはずだ。
そんな時、とても贅沢な時間を過ごしている気分になれるのだ。
posted by at 10:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記