2009年03月12日

あるいは別の人生

 今年卒業する知り合いの大学生が、「就活が去年で本当にラッキーでしたよ」という。一流企業に入るため、せっかく努力して入った有名大学。それがたった1年の差でまったく状況が変わってしまう。でもバブル期の入社組が順調かというと、今や余剰人員としてリストラの対象になったりしている。

 私が就職したのは丁度景気の谷間で、なかなか厳しい時期だった。就活は今より遅く、大学4年になってからぼちぼち始まり、内定が早い人は夏前くらい、大勢が決まるのは秋口になってからだった。それまでの大学3年間何も考えずに遊んでいたところに突然、将来の選択を迫られる。「急にそんなこと言われても、ちょっと考えさせて下さい、、、」という感じだった。自分が何がやりたいのか、真剣に考えてこなかったツケが回ってきてしまった。何をするかといったって、会社に就職するぐらいしか選択肢が思いつかず、かといって特に入りたい会社もない。例えばソニーは有名だし良さそうな会社だな、くらいの感触はあったが、製品開発や工場での製造部門以外にいる大勢の社員がいったい何の仕事をしているのか、さっぱりイメージがわかなかった。
 だが、そんな学生に対して企業側は、この会社でいったい何をしたいのか、を執拗に追求してくる。でもいくら具体的だからといって銀行で「一般市民から低い金利でお金を集め、それを高利で貸し付ける、そんな仕事がしたいです」いうわけにもいかず、「社会のため」とか「自分なりのやりがい」みたいなものを語らなければならない。「幼い頃からぜんそくに悩まされていた弟が御社の薬で救われました。だから御社で働いて日本中の人々の健康の手助けをしたい」みたいな事を言わねばならない。でも実際日本中の人をすべて健康にするなど、製薬会社には絶対許されない行為だ。

 結局私も何がやりたいのかわからないまま就職戦線に突入していったので、なんとなくイメージで会社を選んでみた。当時オシャレというのが若者のキーワードであった。最もオシャレな仕事、そう位置づけられていたのは広告だった。でも電通、博報堂じゃ当たり前すぎるので、よりオシャレ度が高い資生堂やサントリーの宣伝部あたりの、有名で給料が良さそうでキレイな女の子がいそうな会社を目指したが、当然そんな就職活動がうまくいくわけはない。そのうち現実に目覚めた友人のなかでポツポツ内定をもらう者が出始め、焦りを感じてきた。
 そんなある日の友人達との就職情報交換の場で、「お前はコナカでも受けてみたら」と言われた。紳士服のコナカは劇的に店舗数を増やす新進企業として注目され始めていた。しかしそれより我々にとってインパクトがあったのはコナカのスーツを着た松平健が妙なステップで踊るCMだった。当時のオシャレというベクトルとは正反対のスーツ、トレンディとは対局にいる松平、そのあまりにダサイCMが逆に話題になっていた。その頃私は松平健に似ていると言われていた。そこで、「お前が行ったら内定だよ」とそそのかされ、こっちもネタになるだろうくらいの気持ちでアポイントを取った。
 最初の説明会には30人ほどの学生が集まっていた。始めに一人一人自己紹介をし、質疑応答が行われ、その後会社側から全員に質問があった。「我が社の設立日は11月23日ですが、この日は何の日かわかりますか?」。何人かの学生が指名されたが答えられずにいたので、私が挙手して「勤労感謝の日」と答えたところ、企業側の席から「ほー」という感じの反応があった。
 すぐに個人面談に移ったが、私はいきなり役員面接になっていて、もうその場でほぼ内定という感じだった。それから数日後に呼び出しがあって、条件面などの話になった。「君には半年ほどの研修で、すぐに店長を勤めて欲しい」と言われた。店長になると年俸は500万ほどになるという。一流企業であっても初年度から年収300万には届かない時代に破格の待遇であった。それでも私はずっと店舗というのも嫌だったので、「宣伝部に入りたいのですが」と言ったところ、「まずは3年現場で学んで貰って、その後宣伝部に移ってもらう」とまで言ってもらえた。マツケン効果なのか、不思議なほどスムーズに進んだ。
 役員の方からも何度かお電話をいただいたのだが、どうにも決めかねていた。その時、初めて自分の生き方について真剣に考えた。ここで人生を決めてしまっていいのか、コナカでスーツを売るのがやりたかった事なのか? もっと本当にやりたい仕事があったのではないのか? 迷いを断ち切れるような、そして良くしてくれた先方にも納得して貰えるような決定的な何かを必死に探した。そして企業案内を何度か見ると、休日が水曜日とという部分に目がとまった。皆と休みが合わないのは非常に寂しいのではないか、そう思って、「土日に休みたいので」という理由で内定辞退の連絡を入れた。

 その後コナカは大躍進をとげ、今では一部上場の一流企業になっている。果たしてあの時、コナカに行っていたらどうなっていただろう。あれだけの気に入られようだったのだから、きっと今頃役員になっていたのは間違いない。そして社員株も割り当てられ、上場とともに巨額の富を得ていたはずだ。

 これまで何度かあった人生の岐路で、もし別の選択をしていたら……あの時言えなかった言葉、起こせなかった行動……。過去を懐かしく想い出す時、選ばれなかった別の人生、ついそんな空想にふけってしまうことがある。
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