2009年08月28日

総選挙

 待ちに待った総選挙がやってくる。
 私は選挙が大好きなんで、よくぞ4年間も待たせてくれたなという感じである。選挙の日は祭りモード。リモコン片手に選挙速報をはしごして、もう片方の手でインターネットで情報収集。夜明けまで存分に楽しむつもりだ。
 選挙時になると政治家は通常以上に、いかに自分に有利な状況になるかということだけを考えて行動する。有権者から見れば、自分の利益でなく信念を持ち、もっと国民目線で考えろ、と言いたいところだろう。しかし、政治家にとって最大の仕事は何か。それは国民生活を改善することでも、政策を立案することでもない。何よりの仕事は選挙なのだ。だいたい選挙に通らなければ、政治家ではなくなる。選挙に落ちるということがどれだけ恐ろしいことか、想像してみてほしい。
 選挙に落ちれば彼らはたんなる失業者になってしまう。もし自分がリストラの危機にさらされれば、誰だってあらゆる手段を使って抵抗するはずだ。選挙にかかる費用だって相当なものだ。人によっては巨額の負債を抱えることになりかねない。さらに政治家を志す人たちは当然自己顕示欲が強い。落選すれば、自分の負け犬姿が全国にさらされ、彼らのプライドはずたずたになる。
 昨日、ずっと応援しているある代議士の演説会に行ったのだが、その時彼は「自分の政治活動のうち7割は選挙にとられてしまっている」と嘆いていた。おそらく日本で最も選挙に強い政治家の一人であろう彼からしてそうなのである。
 政治家を志した当初は、自分なりの国家観や信念もあったろう。しかし、票を集めるためには人々に頭を下げ、支援団体にすがらねばならない。ゆえに彼らからの要望をむげにはできなくなってしまう。そしていつのまにか、元々の自分の理念から次第に遠ざかって、、、なぜアナキンがダースヴェーダーになったかみたいな話しになってしまった。
 だから、議員の人生をそして日本の命運を左右する貴重な1票を大事にしましょう、なんて展開になると思ったら大間違い。私にとって選挙での一番の興味、それは「誰が落ちるか」である。
 もちろん政治信条もあり応援している候補もいるわけだが、私は権威というものが嫌いなので、その象徴でもある政治家が滑り落ちていく様が痛快でならない。だからそれが著名で大物と言われている人であればあるほど高揚感がます。しかし、私だってけして鬼ではない。先に記したように選挙に落ちた政治家の傷みというものは、充分に想像できる。注目される議員が敗戦した場合、たいていインタビューを求められる。
 負けが決まって支援者も去り閑散とした事務所、片目しか描かれなかった巨大なダルマ、そのかたわらで逃げ出したい気持ちを必死にこらえ、絞りだすような声で敗戦の弁を語る候補者、これを涙無くして見られようか。
「祇園精舎の鐘の声〜盛者必衰の理をあらはす」いにしえの人々が『平家物語』を聞きものの哀れに感じ入ったように、崇高な心持ちで人生の悲哀を堪能させていただくのである。
 時として予想外な感銘を受けることもある。少し前の選挙で、まず落ちることはないと思われていた大物議員が落選した。私はテレビなどで不遜な態度をとるこの議員が好きではなかった。相手はまったく無名だった女性候補。彼が敗れたことは嬉しい驚きだった。そしてその議員の敗戦の弁を興味深く聞いていた。彼は意外にも毅然としていて当選した女性議員を賛辞し、関係者に謝辞を述べ、自らの敗戦を潔く認めた。政治家としてやるべき事はやったというプライドがそこにかいま見えた。瀬戸際でどう振る舞うのか、けっこう人は見ているもので、その敗戦以降に彼を再評価する人は多くなった。
 さて今回の選挙、どうやらペルセウス座流星群の当たり年のごとく、あちらこちらで巨星が消え落ちる様が鑑賞できそうなのである。

 8月30日(日)は第45回衆議院総選挙の投票日。我々の未来を決める1日です。是非皆で投票に行きましょう。

※新聞などの選挙情勢で「両者競り合う」とか「○○激しく追う」などとある中で「△△独自の戦い」という表記がある。「独自の戦い」、実にいかした表現だなあと思う。
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