2009年10月01日

評論はツマラナイ

 新聞あるいは雑誌などの評論をみていると、「〜は評価する、だが〜という危惧がある」といった表記が非常に多い。結局、良いのかダメなのか、何が言いたいのかが伝わってこない。反社会的な行為だから単純に糾弾する、といった文章も当たり前過ぎてツマラナイ。新聞を読む人が減ったと嘆く声があるが、面白くない文を掲載してお金をとるのは無理があるだろう。玉石混合といえど、時々キラリとセンスが光る発言が見られる2チャンネルの方がよっぽど面白い。
 今一番メディアを賑わしている出来事といえば、新政権の動向であろう。これに対しても、「やろうとしている理念はわかるが、実効性に疑問がある」という論調が多い。
 私は政権交代後テレビで各大臣が自分の言葉で抱負を語り、記者からの専門的な質問についても自ら答えている姿を見て、時代が変わるんだなという高揚感を持った。たしかにこの先どうなるかはわからない。でも今、この時点で「何かドキドキする感じ」これが大事なのではないだろうか。未来に興味がもてれば人はそれだけで生きていけるものだ。
 もしひどい事になってしまったら、その怒りや反省をパワーにして新たな希望を探していけばいいのだ。
 新政権に一つ注文をつけるとすれば、藤井財務大臣。藤井氏が「日本には悪い面ばかりでない」と円高を容認する発言をしたことに世界が反応して、為替は円高の方向に動いてしまった。日本は輸出大国なのでこのような事態になると困る企業が多い、ということは仕方がないが、円高になると私がFXで損をしてしまう。私が損をする、この事実を政府は重く受け止めるべきではないか。

※2チャンネル内にある前原国土交通大臣のスレッドタイトル「【菓子パン】前原誠司【総菜パン】」が気になっていたのだが、その謎がやっと解けた。彼は毎朝決まって菓子パン1個と総菜パン1個を食べるのだそうだ。ところがある日、新人の秘書が間違って菓子パンを2個買ってきてしまった。前原氏は「菓子パン2個なんて食べられるか!」とカンカンに怒ったという。なんだかとても良いエピソードだなあと思う。
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お葬式

 日本でも安楽死が認められたら、しかもそれが病もなく健康体の人間でも構わないというようなことにでもなれば、ちょっとお願いしてみたいという気持ちがある。理由は二つ。
 まず、とにかく痛いのとか苦しいのが嫌いだということ。死というものはたいてい痛みが伴うものだ。その時の苦しさたるや想像を絶するものなのではないか。そして今ある悩みや苦しみから解き放されたいという気もある。さらにこれから襲ってくるかもしれない病魔や借金苦などといったハードな出来事に、私のプレパラートガラスのような心が耐えきれないと思うからだ。
 といっても「では来週の金曜日に」なんてことになったらそれはそれで恐ろしくてたまらないだろう。だから「数年のうちの良きところで」みたいな感じで、忘れた頃の真夜中にMJの担当医が現れて寝入っているところに注射、といったシステムがいいのではないか。
 もう一つの理由。私は人生においての一大目標として、自分の葬式にできるだけ大勢の人を集めることを掲げている。まだ友達も元気だし、働いているので仕事関係者もそれなりにいる。さらに近隣縁者、親戚、、、私は月の初めに参列予定者のリストを頭の中で更新しているのだが、今なら300人くらいは可能性がありそうなのだ。ブラックジャックで例えると今手持ちのカードは17くらいの感じだと思う。ここらが勝負どころではないか。
 その際一つ神様にお願いしておきたいのが、召される前に自分の葬儀の様子を俯瞰で眺めさせて欲しいということだ。大挙して集ってくれた人々が私の死を嘆いてくれていたら、それこそ言葉通り天にも昇る気持ちだろう。私の事などにはまったく関心がなく、帰り道に出された寿司の品評などされていたら、それは自らの不徳のいたすところと甘んじて受け入れよう。しかしどうしても認められないのが、参列者が少ないという事態だ。これでは死んでも死にきれない。もし10人くらいしかやって来なかったら、怒りと失意でとても成仏などできないだろう。その時は参列者予想リストと照らし合わせ、たいした用もないのに訪れなかった人々を一人一人あたって、祟ってやろうと思う。
 私と3回以上顔を会わせていたら、リストアップされている可能性がある。
 だから、これを読んでくれた身近な方々、私の葬式には顔を出しておいた方がいいと思うよ。
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