2009年04月21日

お帰り、ヒーロー

 数年前のこと、ふとテレビを観ていたら見覚えのある名前が画面に映った。その後、その人物が薬事法違反で検挙される映像が流された。それは、私が良く知る人だった。

 卒業を控え結局私は、子供の頃からの漠然とした夢だった本作りの世界に飛び込むことにした。ちょうどゴルフ雑誌の創刊で人を集めている出版社に運よく採用された。
 これまでのオジサン向けのゴルフ誌でなく、若者や女性に向けたオシャレな雑誌というコンセプト。そこで集められたメンバーは誰一人としてゴルフ誌の経験がなかった。ただし、皆一癖ある人ばかりが集っていた。
 その中でも特別に興味深い人がいた。歳は40くらいで身のこなしが柔らかく、語り口はソフトだがどこか視点が鋭い。普段はくだらないバカ話をしているのが仕事になるとスイッチが切り替わり、自身の人脈を巧みに使いながら鮮やかにこなしていく。本当にカッコイイ人だった。
 なぜか私はその人に可愛がられ、忙しい合間を縫って良く飲みに誘ってもらった。彼の硬軟とりまぜた話しは社会に出たばかりの自分にとって、とても刺激的なものだった。いつか私は彼を勝手に師と仰ぐようになった。

 その雑誌のある号で私は特集を担当することになり、気合いを入れて何日も徹夜して記事を書いた。出来上がった原稿は自分でも手応えがあり、他の編集部の先輩達にも初めて褒めてもらえた。その時、師匠は一言だけ「良かったよ。とくにキャプションがイカしてた」と言ってくれた。キャプションとは写真の下に添える文章のことなのだが、実は自分でも相当に錬った部分だったので、そんな所まで見てもらえていることが嬉しかった。
 次の号、いつもより多くページを与えられ、今回もなかなか上手く書けたなと自己満足にひたっていたところ、師匠に「今回のはあまり良くないね」と言われた。どこが、とは具体的には言わなかった。気になった私は何度も読み返してみて気が付いた。その文章には核がないのだ。小手先の語句ばかりで取り繕って、訴える部分が何もなかったのだ。そんな感じで、師匠からいろんな事を学んだ。

 しばらくして師匠は雑誌を去ることになった。彼は根無し草のように色々な出版社を渡り歩いて来た人で、一つ所に落ち着くという性分ではなかったのだ。送別の飲み会で、彼は私の目を覗き込むようにしながらこう言った。「君はきっといい編集者になるよ」。凄く嬉しかったが、私が彼と接した時間はごく僅かなのだ。だから思わず「なぜですか?」と尋ねてしまった。すると彼は「僕にはわかるんだよ」と少し微笑みながら答えた。

 その後、いろいろな出版関係者と知り合うようになってから、師匠の業界での名声を知ることになる。そんな人に認めてもらえた、それは大きな自信になった。うまくいかないことが続いたり、孤立したり、そんな時、「君はきっといい編集者になるよ」という言葉にすがった。自分には今の仕事が向いてないのでは、と考えたことも多々あるが、その言葉のおかげで仕事が嫌になることはけっしてなかった。
 
 その後、師匠は自分で会社を興したり、他の出版社に引き抜かれたりといったことを繰り返していた。忙しい人なので、頻繁には会えなかったが、重要な岐路ではいつも相談にのってもらっていた。最後に会った時、師匠は、健康本関係の出版社を手伝っていると話してくれた。
 
 師匠が逮捕されたのは、ある健康食品をガンの特効薬と偽って本で宣伝した事による罪だった。逮捕時の彼の肩書きは出版社とは関係のない、健康食品会社の社長となっていた。いったい何が起こったのか、慌ててネットで調べてみると、師匠の過去のインタビューが目にとまった。なぜ健康食品の会社を始めたのかというインタビューに対し「健康食品のタイアップ出版を手掛けているうち、そのあまりの利益に他人に儲けさせているのがアホらしくなった」と彼は答えていた。
 私はたいして必要もないモノを、いかに大切そうに見せるかというのがビジネスの本質と思っているので、師匠の行為の是非を言うつもりはない。ただ納得がいかないのが、あれだけ目端が利いて感性の鋭い人が、どのラインまでなら世間で受け入れられるのか、それが読めなかった点だ。私の心のない文章にダメを出した師匠のそのインタビューには、訴えるものがなかった。
 でも逮捕された時の映像の中の師匠は、相変わらずカッコよかった。

 結局その事件で、師匠は検察から2年6カ月の求刑を受けた。
 私は彼の奥さん宛に一度手紙を出したきり、その後、一切何もしなかった。何か支援を申し出ることも、留置場に会いに行くこともなかった。これだけ恩のある人に対して、私は何もしなかった。
 でも、私が彼にしてあげられること、そんなことは何一つ、全くないのだ。
 なぜなら、彼はヒーローなのだから。

 事件から3年が経ち、もう刑期は終えている頃だ。
 きっと彼は早々に動き始めているはずだ。そしていつか必ず、このブログを目に止めてくれて、颯爽と私の前に現れるのだ。
 その時、私は心の中でそっとつぶやく。「お帰り」と。
posted by at 18:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記
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Excerpt: こんにちは。この度、ダイエット情報のHPを作りましたので、トラックバックさせて頂きました。ブログ訪問者の方には有益な情報かと思っています。よろしくお願いします。
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