2009年06月05日

失恋の被害者

 切通理作の『失恋論』を読んだ。妻帯者の著者がかなり年下の仕事相手に恋し、敗れる様を描いた実話だが、失恋ごときでいい年の男がこうもみっとなくなってしまうものかと、そしてその醜態をあえて公にさらす姿勢に感動さえ覚えた。しかし同時に、著者が一連の事実を奥さんに告白する部分には罪深さを感じた。
 たかが失恋、でも今の平和な日本で、多くの人にとってこれが最もつらい体験なのではないだろうか。情けなくも、 私もそうだった。

 最もきつかったのは、初めての失恋の時。彼女と出会ったのは高校の学園祭だった。男子校生にとって彼女を作る最大のチャンスは学園祭。友達と2人で遊びに来ていた彼女は、まさに自分の思い描いていた理想の女子だった。必死に声をかけ、後夜祭に誘い、その後もアタックして、なんとか付き合えることになった。自分に起こった幸運が信じられないくらいだった。
 私は高1で彼女は一つ下の中3。付き合うといっても学校も家も離れているし、お互いに部活もあったので、平日に会うことはなく、月に何度か週末に会うといった程度の交際だった。当時は電話は各家庭1台、しかも固定の黒電話。私の家も彼女の家もそれがリビングにあったので、電話で長話をするような環境ではなかった。
 だから一番のコミュニケーション手段は手紙だった。手紙を送る、2〜3日で戻ってくる。それを読んで、また2〜3日で返事を書く。今の携帯、メールの時代からは考えられないことだろう。それでも充分に楽しかった。
 そんな付き合いが1年くらい続き、そして、その日がやってきた。週末のデートの約束をキャンセルされた後に届いた手紙。私はそのことを詫びる手紙なのだろうと思っていた。しかし書かれていたのは……もう会うのはやめにしましょう、という内容のものだった。その訳については触れられていなかった。呆然とした。何が起こったのかわからない。思い当たることもない。じっとしていられず、彼女の自宅の電話番号を回した。幸いにも受話器の向こうから聞こえたのは彼女自身の声だった。私は手紙を読んだことを告げた。しかし彼女は、「手紙に書いた通りだから、だから、、、もう会わない方がいいと思う」と言うだけで、理由を語ることはなかった。
 もう、2度と会うことができない、そう考えると本当にどうしていいかわからなくなって、何もする気力もない、眠れないし、食事もできない。でも人に覚られるのは嫌だったので、なんとか表面的には平静を保っていた。それが余計に辛い。結局そんなどうしようもない状態が数カ月続いた。完全に頭から離れるのにはさらに半年くらいかかった。
 しかし、まあ今となってみれば、それも懐かしい昔の想い出、そう思っていた。

 先日、実家に帰って昔の年賀状を整理をしていると、一通の封筒が見つかった。差し出し人の名前に記憶がない。開いて読んでみると、その手紙は私が高校時代に付き合っていた彼女の友達からのものだった。学園祭で私は彼女とその友達と3人で過ごしたのだった。手紙にはこんなことが書いてあった。
「この前は学園祭でありがとう。とても楽しかったです。わたし、ひとつ謝らなければいけないことがあるんです。帰り道、わたしたちに電話番号を聞いてきたよね。あの時Mさんに、『わたし、困るよ……どうしよう』って言われたから、『Mさんは彼氏がいるんで、電話はだめなんです』って言ったんです。でも、その時、すっごくがっかりした顔してたよね。それで、あなたはMさんのことが好きなんだなって分かりました。本当のことを言うと、Mさんに彼氏はいないんです。そのことを謝りたくて手紙を書きました。でも、それだけじゃないんです。あの日、いろいろと話をして、なんだか、あなたのことが気になるようになってしまって。だから、もしMさんのこと、わたしの勘違いだったらいいなと思っています。もしよかったら今度、会ってもらえませんか。うちは親が厳しいんで電話になかなか出られないんだけど、今週の土曜日は両親がでかけるんで、夕方の4時に電話待ってます……」そして電話番号が添えられていた。
 当時の記憶が鮮明に蘇ってきた。そうだった。3人で近くの駅まで帰る道すがら、私はなんとかして連絡先を聞き出そうとして、結局はお互いの住所の交換だけして帰ってきたのだった。
 そして、この友達からの手紙のおかげで勇気づけられ、彼女にアタックすることができたのだ。
 ただ、はっきり覚えてはいないが、この友達に対して、私は何のフォローもしなかったと思う。電話することもなく、手紙も書かず……。彼女はきっと私からの電話を待っていてくれたのだろう。そして自分の親友が私と付き合うことを知った時、彼女はどんな気持ちだったのか。
 私は自分の高校時代の失恋を、自分だけの最大の不幸と勝手に思って過ごしてきたのだった。

 読み終わった手紙を元通り折り畳んで封筒に戻し、私はもう一度、裏面に記された名前を目で追った。でも、結局、送り主の顔を思い出すことは出来なかった。
posted by at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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