2009年09月03日

本気でやれば夢は必ず叶う

 人は本気で努力すれば大抵のことは為せる。本当にそう思う。なぜなら具体例を身近で目撃したからだ。その人は私の大学時代のジャズ研の2つ上の先輩で、敬意を表してここでは仮にデッチーと記させていただく。
 デッチーはとにかく我が儘な人だった。後輩の私が頼まれた弁当を買って戻ると、「まだ腹が減ってない」とその弁当を買い取らされたり、合宿中に練習を見てくれるというので必死で練習して部屋に行ったら、「今日は気分が乗らない」と後輩の女子を引き連れてドライブ行ってしまったり。デッチーを乗せて車で学校の近所を走っていると洒落た感じのアパートが建ち始めていた。彼はそのアパートを眺め、「あそこ、いいじゃん」とはしゃいでいた。それから1週間後、デッチーがその新しいアパートに住み始めたと聞いた。だが、先日見た時はまだ外壁も一部しかなくて、どう考えても完成まで数ヶ月かかる感じだった。遊びに来いよというので興味津々で見に行ったら、相変わらず外壁は工事中で骨組みだけの張りぼて状態だった。その中でポツンと一部屋だけにドアがついていた。「どうしてもすぐに住みたいといったら、俺の部屋だけ先に作ってくれたんだよ」とデッチーは誇らしげだった。それを聞いた時思った。人間、本気で願えば大抵のことは叶うものだ、、、いや、そんなことが言いたいんじゃなかった。
 デッチーは当時最先端の雑誌だった「ポパイ」に憧れて、お洒落なポパイ少年を目指して九州から東京の大学にやってきた。それがどう間違ったのか、学内でも最も流行とは縁遠いジャズ研に入りドラムを始めることになってしまった。だいたい楽器の演奏経験もなかったそうだ。
 しかし彼は恐ろしいほどの努力を重ね私が入部した頃にはすでに伝説の存在になっていた。彼は上手くなりたい一心で、なんと毎日公園で8時間も基礎練習を重ねたという。ドラムの基礎練習を例えていえば、野球やゴルフでの素振りに相当するだろう。そんな変化のない退屈な練習を毎日8時間も続けるなんて狂気の沙汰である。
 そんな噂を聞いていた私は初めてデッチーの演奏を聴く前は、どれだけ素晴らしいドラムなんだろうと期待した。しかし、たしかに物凄く上手いのだが、音楽としてはあまり響いてくるものを感じなかった。それは彼が演奏を始めたのが大学になってからで、元々音楽の下地がなかったからなのだろう、と私は生意気にも分析していた。だが2年たち、彼の卒業演奏では音楽性にも磨きがかかって、聴かせる奏者になっていた。さらに大学卒業後、ドラムのトッププロに師事した彼の演奏にはさらに円熟味が加わって、コンテストでも賞をとる程の腕前になり、もうプロと遜色のないレベルになっていた。だがジャズのドラマーとして生活していくというのはなかなか厳しい。だから本業は元々の目標だった教職を選んでいた。そんな中でプロドラマーという生き方に気持ちが傾きかけてきた頃、デッチーに悲劇が起こる。ドラマーとしては致命的である腰を患ってしまったのだ。しかしこれで彼も気持ちの整理ができたことだろうと思っていた。
 しばらくして、デッチーからゴルフクラブを買いに行くんで付き合ってくれという連絡があった。当時私はゴルフ雑誌に携わっていたので、何かアドバイスを得られると思ったのだろう。しかし店に向かう途中の車で話していると、凝り性のデッチーはかなり研究を進めていたようで、もうすでにその時点で私のゴルフについての知識を遙かに凌駕していた。そしてクラブを手に入れた彼は当然のごとくゴルフにのめり込んでいった。
 大学時代の仲間との飲み会の帰り、電車で私の前に立ったデッチーがやけに大きく見えたので足元を見ると、なんと彼はつま先立ちしていたのだ。どうやらそれはゴルフのための筋トレの一環らしかった。まるで「スラムダンク」である。面白いのでいろいろと話しを聞いてみると 寝る時もグリップの感触を手に馴染ませるためにクラブを握って寝ているという。そして寝る前には必ず布団にボールを置いてアプローチの練習を繰り返したそうだ。それも隣で寝ている奥さんの布団越しにターゲットを置いてそれを越える練習をしたというのだ。奥さんはたまったものではないだろうが、「緊張感が出ていいんだよ」と語っていた。
 デッチーの腕前は急速にあがり、彼より先にゴルフを始めていた我々はあっという間に太刀打ちできなくなった。仲間同士のゴルフではあきたらなくなった彼はゴルフクラブの会員になり、オフィシャルのハンデもシングルになった。そのうちクラブチャンピオンになり、ついには国体で東京都の代表として選ばれるまでになってしまった。本人は「日本中の教員の中で自分が一番ゴルフが上手い」と豪語していたが、「教員で」という部分が悲しいところで、もう30代に入った彼がプロゴルファーを目指すには無理があった。もっと早くから一つの道を見つけて極めていれば、私はそれが残念でならなかった。私は彼に「そこまで上手くなっていったいどうするんですか?」と尋ねてみた。すると彼はゴルフの腕と教員という立場を使えば、ジュニアの育成ができるのではないかと考えていると語った。ゴルフはお金がかかるスポーツなので、学校にゴルフ部がある所は限られている。そこでゴルフ界には顔がきくようになってきた自分が練習場やゴルフ場にかけあって施設を安く借り、ジュニア育成のために尽力したい、と言う。
 ついに彼の仕事と趣味がシンクロしたのだ。その後の飲み会で、デッチーは私立高校でゴルフ部の創設に参画することになったことを報告した。そして、中学生に物凄い逸材を発見したので、なんとか自分の学校で育てたいと夢を語っていた。楽しみな話しだったが飲んでいたこともあり、学校名までは記憶していなかった。それからデッチーは学校の移動などで多忙になり、私の方も身辺が騒がしくなり、しばらく会う機会がなかった。
 次に彼の姿を見たのはスポーツ新聞紙上だった。。彼は杉並学院という学校のゴルフ部の監督に就任していて、教え子についてのインタビューに答えていた。そして彼が見つけてきた逸材というのがあの石川遼だったのだ。その時心底思った。人間というのは本気になればたいていの夢は叶うものだと。
 デッチーは20歳ぐらいから始めたドラムとゴルフというまったく異なる2つの分野をたった6〜7年でほとんどプロというレベルにまで極めた。もしかしたら素養はあったのかもしれないが、20歳まで芽が出ていないということは少なくとも天才ではなかったはずだ。
 だからきっと誰だって、真剣に努力すれば、必ず自分の夢にたどり着けるはずなのだ。
posted by at 18:40| Comment(2) | TrackBack(2) | 日記
この記事へのコメント
岡田さんの周りには素敵な先輩がいろいろいますねぇ
きっと岡田さんの人柄ゆえなのでしょう

あっ 僕もある意味先輩だ
ブログに取り上げられるよう、磨かなくちゃ。。。
Posted by あきぴ〜 at 2009年09月05日 12:35
素敵!? まあ、面白い人はいろいろと。
今回の主人公の先輩は、事務所が近いんで、しばらく前に「今から行くから」と突如電話がありました。
仕事が立て込んでたんで「なんとか1時間くらいで済ませますから」と言って、1時間後に電話したら、「もう帰りの電車の中」と不機嫌になってました。
Posted by okada at 2009年09月07日 11:20
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