2010年03月09日

日常のグローバリゼーション

 今では当たり前になっているエスカレーターで急ぐ人のために右側をあけるというルール、これは20年前の日本では見ることがなかった光景だ。なぜこうもはっきり言い切れるかというと、20年ほど前に初めてニューヨークに行った時、エスカレータで人々がはじによって道を空けているのを見て、なんて合理的なシステムだろうと目を奪われたからだ。その後、日本で「エスカレーターで急ぐ人のために左側に寄らなければ重罪」という法律ができた覚えはない。これは恐らく、私のように海外で同様の光景を目にした人々が真似、自然発生的に根付いてきたのではないかと思う。グローバリゼーションとはこういうことなのだな、と改めて思った次第である。
 普段の生活で一番グローバリゼーションを感じるのは食生活の変化だ。以前は日本人が入れるようなインド料理店など数少なく、こ洒落たエスニックを知っているとけっこう使えたものだが、今やインド料理屋など東京のどこの駅でも当たり前にある。だいたい給食にナンが出る時代である。アフリカ料理、ベトナム料理、トルコ料理、ブルキナファソ料理、バヌアツ共和国料理、ガボベルデ料理なんてものも今や珍しくなく普通に食べられる。
 今はスパゲティなんて言葉はあまり使わないが、私が子供の頃はパスタは2種類。ナポリタンかミートソースしかなかった。初めてペペロンチーノを食べた時は衝撃だった。その味にではない。何も具が入っていないのに、ナポリやミートと値段が同じだったからだ。

 先日のとある午後、ランチタイムを逃してしまった私は、センター街のバーガーキングで遅い昼食をとることにした。私はここの炭火のバーガーがけっこう気に入っている。2階にあがると店内はけっこう込み合っていた。私が最後のテーブル席に座ったので、後は窓際のカウンターがポツポツと空いているくらいだった。
 しばらく食事をしていると、30代位の白人の二人組が階段をのぼってきた。外国人など渋谷では珍しくもないが、欧米人というのは体格も声も大きいし、独特の開放的なオーラがあって、つい目がいってしまう。彼らは席を探ししばらく店内を見回していたが、結局窓際のカウンターに向かっていった。そして一人の青年に話しかけた。青年は20代半ばくらいか、学生という感じではなかった。日中のこんな時間にハンバーガーなど食べているのだから、定職もないのだろう。まあこっちだって人のことを言えないが。
 どうやら白人二人組は席を隣りに移動して欲しいと交渉している感じだった。ところがその青年はそそくさと片づけを始め、彼らに席をゆずってその場を立ち去った。きっと「詰めて欲しい」と言われたのがわからなかったのだろう。なんだか逃げるように去っていく彼を見て、同じ日本人としてなんとなく情けない思いだった。白人二人組もちょっと困った顔をしていた。
 しかし、その青年はトレイを片づけると、突如向き直って、流暢な英語でその二人に話しかけ始めたのだ。「どこから来たの?」「ああ、ニューヨークからだよ」そんな会話を発端に話しが弾み始めた。「君は凄く英語がうまいね、どこで覚えたの?」「うん、実は彼女がイタリア人なんだよ」三人の声が店に響き渡る。ひとしきり盛り上がったところで、その白人は彼に連作先を尋ねていた。青年はこころよくそれに応じていた。きっとまた食事でも、という約束を交わしたのだろう。三人は握手を交わし、青年は階段に姿を消していった。
 私はその光景をずっと見ていて、なんだかとても嬉しい気分になってしまった。
posted by at 19:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
エスカレーター、近畿圏は人が右に寄って左を開けますwww
広島は関東と一緒ですけど(^_^;)ゝ

Posted by nemo@Yasmin at 2010年03月09日 21:53
nemo@Yasmin様

でも、こんな習慣、学生時代はなかったでしょ?
nemo@Yasminさんにしてはえらく短いコメントでしたね。
Posted by okada at 2010年03月10日 15:08
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